所報2月号
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11コラム 政府は現在、社会保障と税の一体改革に取り組んでおり、社会保障改革の姿を固めつつ、必要な財源手当てのため、増税の具体化に着手している。新年はこの増税の是非が議論の焦点となるが、TPP問題以上に紛糾し、国論を二分し、場合によっては政治情勢の流動化を招く可能性もある。 そもそも社会保障と税の一体改革というが、増税問題で忘れてならないのは、増税を社会保障の枠の中だけで考えるわけにはいかないということである。日本の財政は危機的な状況にあり、公的債務残高は1000兆円とGDPの2倍を超え、実態的にデフォルトに陥ったギリシャをはるかに上回るほど悪化している。一刻も早く財政状況の改善に向けて取り組まなければ、日本もいずれギリシャと同じ運命をたどることになる。増税問題は、財政の枠組みの中で考えなければならない。 そうはいっても、高齢化に伴う社会保障負担の増加が財政赤字拡大の最大の要因であることは間違いない。その社会保障制度は、負担の増加とともに制度を維持していくことが難しくなっている。社会保障制度を持続可能なものにするためには、どんな制度改革が必要なのか、財源をどうすればいいのかといったことについての再検討を避けられない。そして、社会保障制度に関わる税の在り方を議論する場合には、増税をすべきか否かという選択ではなく、増税幅にも限度があることから、増税か、さもなければ社会保障の水準の切り下げか、という選択に踏み込まざるを得ない。 以下、財政と社会保障の2つの観点から増税について考えてみたい。 まず、財政については、財政再建に向けた取り組みはまさに待ったなしの状況である。日本がギリシャ化しないで済んでいるのは、日本の個人金融資産が豊富にあり、国債の消化が滞りなく行われているからである。しかし、財政支出の半分を赤字国債に頼っている現在のような状況が続けば、政府債務が国民の貯蓄を食いつぶすのは時間の問題である。国内に資金がなくなり、不安定な海外資金に頼るようになれば、国債が暴落し、財政危機が一挙に表面化する。ギリシャ化するまでに日本に残された時間はそう長くはない。長期金利が低位安定して、国債の利払い負担が小さい今のうちに、財政健全化に向けた工程表を示す必要がある。 財政を健全化するためには、「歳出改革」「歳入改革(増税)」「成長による増収」の3つの取り組みを進める必要がある。このどれが欠けても、財政再建の道筋は描けない。ただし、現実には、日本経済はデフレが続き、空洞化によって成長力のさらなる低下さえ予想され、税収の伸びはあまり期待できない。それでも増税に踏み切れば、経済の活力をそぐ恐れがある。一方で、増税時期が遅れれば遅れるほど、増税の必要幅も大きくなるというジレンマがある。結局、成長力を引き上げることができなければ、とめどなき増税と経済の悪化の悪循環を招く恐れがある。 歳出削減も、現状では十分とはいい難い。増税の前提として、行政改革、国会・地方議会改革など、官・政治も痛みを分かち合う取り組みが求められることはいうまでもない。社会保障関連支出についても、その抑制に向けた切り込みも、国民の負担増についての説明も十分ではない。年金の支給開始年齢の後ろ倒しが進められつつあるが、なぜそこまで必要なのか、政府から数字も含めた十分な説明がなされていない。また、所得格差・資産格差の大きい高齢者層がすべて弱者ではなく、高齢者にも応分の負担を求めるべきである。高齢者医療・介護にも切り込み、医療・介護支出の抑制を図る余地がある。政府は増税の一方で、社会保障制度の充実も同時に進めるとしているが、社会保障制度のぜい肉を放置したまま制度充実を図ったのでは、必要な増税額は増えていくばかりである。 今後の増税の議論では、増税の是非だけではなく、増税幅をできるだけ抑制するために、歳出改革の中身と社会保障の水準について、政府はより踏み込んだ選択肢を提示していく必要がある。 1953年生まれ。一橋大学経済学部卒業後、76年住友銀行に入行。ロンドン駐在、経済調査部などを経て、90年日本総合研究所に着任。2000年から04年まで早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授、03年から近畿大学経済学部・経営学部客員教授を務める。現在、テレビのコメンテーターとしても活躍中。日本総合研究所副理事長 高橋 進 (たかはし・すすむ)増税問題の視点-新年の最大の経済課題-
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