所報4月号
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コラムコラム20 今月の解説板は、かつての松山藩の藩校「明教館」です。当時の建物が、その流れをくむ、愛媛県立松山東高校の一角に残されています。明教館の由来は、1805年、松山藩が藩士の指導のため、二番町に「興徳館」を創設したことに遡ります。1828年、そういった藩の教育施設が拡充され、「明教館」が誕生しました。当時の敷地は2,500坪あり、学問だけではなく、武技の稽古場も設けられていました。明治維新で幕藩体制が失われた後も、変遷をたどりながら、松山中学校として多くの人材を輩出しています。この地へは昭和12年に移築されました。昭和20年の空襲で中学校の校舎は焼失しましたが、明教館は好古と真之、子規の学び舎 【第19回】住所電話休み松山市持田町2-2-12089-943-0187(愛媛県立松山東高校)土・日・祝日、年末年始※学校行事のため、他日でも見学不可の場合あり■明教館教員や生徒の尽力で類焼を免れました。 好古、真之、子規の3人の学び舎である明教館、そして松山中学校。江戸時代の厳格な身分制度から脱し、努力と学問によって自らの人生を切り開いていく││そんな希望に満ちた若者たちの第一歩は、この校舎から踏み出されたのです。

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