第九回葉力上席研究員日経BP総合研究所ことばのちから 「この渡り廊下はわざと雪や落ち葉が舞い込むようにつくってあります」。長野県須坂市にある〝日本一予約が取れない宿〞として知られる仙仁(せに)温泉・岩の湯の金井辰巳社長に、現地でお話を聞く機会がありました。山間のありふれた温泉宿だったこの場所を三十数年かけて現在の姿につくり替えたストーリーは、驚きの連続でした。 まず、この宿には自前のウェブサイトがありません。宿泊業界では常識であるネットを通じた予約受け付けや情報提供はしていません。一部の旅行サイトにキャンセルが出た際の空室状況の情報が出ているようですが、そちらを見ると2024年の予約は年末まで1日も空きがありません。宿泊客のほとんどがまた翌年以降の予約を入れるそうです。クリスマスや年末年始は休業です。 宿は渓流に面した深い森の中にあります。金井社長によると、窓かわたなべ・かずひろら見える木々は全て自身で種類や枝ぶりから配置を決めて、お客さんが見たい景色をつくり育てているそうです。客室は18あり、食堂もセプトで形や温度、設備を変えています。 先代が経営していた昭和の時代はどの地域の温泉宿にもあるように、団体客をメインにしたサービスを提供していました。交通の便も良くない上、特に知られた観光地に近いわけでもないこの宿の生き残り策を必死で考えたと金井社長は言います。「山間の小さな一軒家」にしかできないことは何なのか。わざわざこの宿を選んでくれるお客さんが、本当に求めていることは何なのか。その結果、「情けと癒しと旅文化の創造」という企業ミッションにたどり着いたそうです。 そしてそのコンセプトに共感してくれるお客さんだけにターゲットを絞り、カラオケをやめ過剰な接待サービスもやめ、客室の数もぐっと減らしました。それから日々改良や改修を重ねて現在の姿に至っています。とにかく毎日必ずどこかを変えていると言います。ですから、リピーターも毎回違った体験を得られます。 冒頭に挙げた吹きさらしの渡り廊下も当初はガラス張りだったそうです。それをあえて外気に触れるように改修しました。「わざわざこの宿を選んでくれるお客さんは、冬は冬の寒さや雪の感触、秋は秋で落ち葉を踏む感触、空気の匂いを感じたいはず」という考えに基づき、変えたとのことです。ちなみに年末年始を休業にするのは従業員に休んでもらうため。家族の誕生日も休みだそうです。従業員にも家族がいて生活があり、それぞれの幸せがある。これをないがしろにしては良質のサービスは提供できないと考えているためです。現在、この宿にはここで働きたいという応募が全国から来ているそうです。 優良顧客に選ばれて高付加価値サービスを提供する。これを実現するには顧客の心の奥にある欲求を突き詰め、それを具現化するスタッフの育成が大事なのだと強く感じました。「客が本当に求めていることは何なのか」トレンド通信言の やはり感謝はすごい力だ。感謝をたっぷりたくさんしていこう。 日経BP総合研究所上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。渡辺和博書道家18あります。どれも全てが違うコン18、温泉の浴槽も大小合わせて現在 コラム18たけだ1975年熊本生まれ。東京理科大学卒業後、NTTに就職。約3年後に書道家として独立。NHK大河ドラマ「天地人」や世界遺産「平泉」など、数々の題字を手掛ける。講演活動やメディア出演のオファーも多数。年元号改元に際し、「令和」の記念切手に書を提供。ベストセラーの『ポジティブの教科書』(主婦の友社)をはじめ、『丁寧道』(祥伝社)、『「ありがとう」の教科書』(すばる舎)など、著書は 60冊を超える。2013年度文化庁から文化交流使に任命され、ベトナム・インドネシアにて、書道ワークショップを開催、17年にはワルシャワ大学にて講演など、世界各国で活動する。近年、現代アーティストとして創作活動を開始し、15年カリフォルニアにて、アメリカ初個展、19年アートチューリッヒ、21年ボルタ・バーゼルに初出展。ドイツ・スイス・三越伊勢丹各店舗・大丸松坂屋各店舗などにて個展を開催し、盛況を博す。そううん【公式ホームページ】https://www.souun.net/【公式ブログ「書の力」】 https://ameblo.jp/souun/武田 双雲経営コラム
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