所報6月号
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当会議所会員創業記念表彰を受賞された会員のみなさんをご紹介します。江戸時代、久松家初代藩主の松平定行公がポルトガル人から製法を教わり、松山に持ち帰ったことから松山の銘菓となった「タルト」。そのタルトを全国区にした一六が創業140周年を迎えた。松山大街道の地で創業した同社は、地元のおやつ菓子屋として、饅頭や醤油餅などの販売からスタート。戦災で店舗が消失するもいち早く復興し、昭和28年に「全国銘菓名物趣味の会」で一六タルトが選ばれたことを転機に全国に一六ブランドを展開、業界初のスライスによる個包装の開始など、時代に先駆けた経営により業容を拡大した。「タルトの製造は松山で」というこだわりは本社工場移転の際も大切にしている。現在も、手巻きの製法は守り続けている。「老舗が持つ伝統を推進力に、常に先を見据えたチャレンジを」と語るのは、工場の移転作業が、帰ってきて初めての仕事となった、現代表で5代目の玉置剛氏。県外を中心とした外販の強化のほか、量販向けの商品企画や、地産地消、タルトの新味発売などに積極的に取り組み、売上を大きく伸ばした。現在は、一六ブランドを磨きあげるため、森永製菓のミルクキャラメルとコラボした一六タルトを発売するなど、新たな挑戦を続けている。若い世代にとって「老舗=安心感」というイメージは既になく、常にお客様に共感してもらえるようなチャレンジを続けることに重きを置く。「経営を通じて、伝統、お客様、そして従業員を次代に繋いでいくのが私の使命である」と剛氏は語る。同社の150年に向けたチャレンジを続けていく。かつて明治〜大正にかけて大街道入口は旅館が多く並んでいた。その一角で久保豊次郎が明治16年「久保豊旅館」を創業した。この会社が、後に久保豊株式会社となる。昭和15年に旅館は廃業し、新たに「ちぐさ花店」を開業するが昭和20年に戦争で全て焼失。終戦後、瀬戸物・菓子店を展開した後、昭和41年に不動産賃貸業である現在の会社となった。まさに、明治期から140周年を迎えた現在に至るまで、常に大街道とともに苦楽を共にしてきた。近年の大きな転機は平成12年に行っ℡089-943-7523た「久保豊第一ビル」の全面建替えと、同時に行われた有料駐輪場「サイクルステーション・MONKEYS」(久保豊第三ビル)の新設だ。昭和41年に新築された本社ビルが老朽化していたこともあり、建替えを決断。6住松山市大街道2-5-9階建てにグレードアップした。更には、大きな問題となっていた放置自転車の対策として、約400台の有料立体駐輪場を新設。大街道の賑わいと快適な空間づくりに貢献をしている。この「MONKEYS」のネーミングはMoral(モラル)・Okaido(大街道)・Neatly(きちんと)・Keep(守る・維持する)・Ecology(環境)・Your(あなた達の)の頭文字をとっており、大街道の健全で心のかようまちづくりへの思いが込められている。現在も幅広い事業を展開するが、「これまで出会った人との繋がりで生まれたものと街にとって何が必要かを考えた結果」であると現代表の久保素子氏は語る。今後も「出会い」と「街の発展」を大切にし、積極的に新しい事業を展開していく。新築完成時、新聞へ掲載した広告代玉置 剛「松山のおやつ菓子」としての一六ブランドを磨きあげ、 地元に愛されるお菓子を通じて、愛媛・松山の魅力を発信していきます。代久保 素子これまで出会った人、これから出会う人との繋がりを大切にし、商店街とともに成長してまいります。住松山市東石井1-7-13℡089-957-0016創業明治16年創業創業明治16年創業15会員トピックスメッセージメッセージ重ねた年月を推進力に挑戦する老舗へ大街道とともに歩んだ140年(株)一六久保豊(株)140周年140周年ままつつややままのの老老舗舗

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