叔父に言われた言葉が心の片隅にあったの香川 定年になってからは海外旅行にのめりこみました。地球一周を2回、53か国を訪問しました。英語はほとんど話せませんが、なんとかなるものだと思いました。ネパールやカムチャッカなどに行ったのも良い思い出です。絵を描いた中では、エジプトのピラミッドやフランスのパリ、ネパールのエベレストなどが印象的でした。海外に行って、多くの絵を描きましたね。本も出させていただきました。―あらためて、所報の表紙絵を描かれたこと を振り返ってみると、いかがでしたか。香川 絵を描くということは、その場所に5回から6回は訪れます。また、その場所の歴史なども調べてから描いていました。絵を描きながら、松山は本当に良いところだと感じました。絵を描くことがなければ、松山の良さも分からなかったかもしれません。定年退職後に、そんな機会に恵まれたことを感謝しています。―最近は、表紙絵の場所をコラムとして紹介して きました。私も、表紙絵の場所を巡ることで、 松山の良さを知ったように思います。香川 毎月、どこを描くかをみつけることが大変でした。一年ごとにテーマをもって絵を描けたことは良かったですね。一方、毎月、コラムを書くのは本当に大変だったのではないでしょうか。お寺をまわったり、山を登ったり、絵を描くだけでは得られない体験もできました。―最後に、香川先生にとって絵を描くということ はどういうことでしょうか。香川 私にとっては、まさに絵を描いている時が一番面白い時間です。出来上がった絵を愛でるよりも、旅行と一緒で、過程を楽しんでいる感じですね。私にとっては、絵を描いていることと、旅をしていることは同じかもしれません。また、絵を描くことで、その場所の良さを感じることができました。読者の皆さんも、表紙絵を振り返っていただきながら、松山の良さを再確認していただければ幸いです。―25年間、ありがとうございました。香川 こちらこそ、こんなチャンスを与えてもらって、ありがとうございました。―大学の時に山岳部だったのは驚きました。表紙絵 でも山を巡ったことがありましたね。大学を卒業 後は、松山にある銀行に就職されました。香川か、地元の銀行に就職しました。支店での勤務を経て、業務推進部の広告宣伝の部署に配属され、新聞広告やポスター作りに携わりました。6年間、その部署で働きましたが、新聞広告のイラストは自分で描いていました。銀行では限られた部署なので、貴重な経験となりました。その後は、あまり仕事で絵を描く機会はありませんでした。―ずっと絵を描いておられたのかと思っていまし たが、表紙絵をはじめ、本格的に絵を描き始めた のは定年退職されてからなんですね。3特集フランス・パリ セーヌ川よりノートルダム大聖堂香川進氏ー自室にて特別企画
元のページ ../index.html#5